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◎姉倉◎声を出すことは、自分を整えること。

姉倉は日常の中で、
祝詞や般若心経をお唱えしています。

お願いごとをするためではありません。

御神仏様への感謝をお伝えするとともに

声を出すことそのものが、
自分を整える時間になっているからです。

祓い浄めです。

 

 

 

人間は昔から、
「声」や「音」や「言葉」を
とても大切にしてきました。

 

日本の祝詞。
仏教の般若心経。
インドに古くから伝わる
ヴェーダの詠唱。

 

生まれた場所も文化も違うのに、
面白い共通点があります。

 

それは、

 

「意味を理解するだけではなく、
声に出して唱える」

ということ。

 

声を出すためには、
まず息を吸います。

 

そして声と一緒に
ゆっくり息を吐きます。

 

また吸って、
また声にして吐いていく。

 

これを一定のリズムで続けていると、
バラバラだった呼吸が
少しずつ整っていきます。

 

頭の中で
昨日のことや明日のことを
ぐるぐる考えていた意識も、

 

「今、ここで出している声」

 

へ戻ってきます。

 

そして、もうひとつ。

 

声は喉だけで
出しているわけではありません。

 

 

息を送り出すお腹。
横隔膜。
声帯。
口や鼻。
胸や頭に響く振動。

 

身体のいろいろな場所を使って、
ひとつの「声」が生まれます。

 

祝詞や般若心経を唱えていると、

 

胸に響いたり、
お腹に響いたり、
頭の中まで震えるように
感じることがあります。

 

だから姉倉にとって
「唱える」ということは、

 

言葉を頭で理解するだけではなく、

 

音と呼吸と振動を
身体の中に通すこと。

 

さらに興味深いのは、
唱えている言葉が
「自分で作った言葉ではない」
ということです。

 

祝詞も般若心経も、
ずっと昔から
たくさんの人が唱え、
受け継いできた言葉です。

 

自分の声なのだけれど、
自分だけの言葉ではない。

 

昔の人から渡されてきた言葉を、
今日、自分の身体を通して
もう一度「音」にする。

 

そしてまた次へ渡していく。

 

祈りや修行というと、
少し難しく聞こえるかもしれません。

 

でも、その入り口は
案外シンプルです。

息を吸う。

声を出す。

喉を震わせる。

その響きを身体で感じる。

 

 

そして、今ここへ戻ってくる。

 

言葉には「意味」があります。

 

でも言葉にはもうひとつ、

「音」として身体を通る世界がある。

 

 

姉倉が毎日お唱えするのは、
神仏に声を届けると同時に、

 

散らかった自分自身を
自分の声で迎えに行くためでもあります。

 

今日も声を出し、
呼吸を整え、
身体に響かせる。

 

姉倉にとっての
小さな日々の修行です。

 

 

 

姉倉花姫

ほしよみ堂小田原店にて

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