◎姉倉◎我以外皆我師
我以外皆我師。
若い頃の姉倉は、
「先生」が嫌いでした。
特に、
「先生と呼ばせようとする人」が
大嫌いでした。
皮肉を込めて、
わざと甘い声で
「先生♡」と呼んでいたほどです。
子どもの頃は、
先生という存在を
キラキラした目で見ていました。
けれど、
姉倉が出会ってきた「先生」と呼ばれる大人の多くは、
疎ましがり、
怒り、
卑下し、
制裁を加える人たちでした。
だから、
先生という存在そのものが
嫌いになってしまったのです。
大人になって、
ようやく少しずつ理解できました。
学習障害やADHD気質、
愛着障害、
睡眠障害。
いろいろ抱えながらも、
授業はワクワクして聞いていた。
でも、
宿題はできない。
発言もしない。
テストでも点が取れない。
周囲から見れば、
「教えがいのない子」。
それどころか、
先生を馬鹿にしているように見えたのでしょう。
「頑固な子」と言われました。
でも本当は、
頑固だったのではありません。
思考停止するほど、
何が起こっているかわからなかった。
本当に困っていたのは、
子どもの頃の姉倉でした。
けれど、
先生から見れば、
「制裁に値する子ども」
「矯正しなければいけない子ども」
「理解できな脅威」
そう映っていたのでしょう。
だから大人になってからは、
「先生」という存在を、
今度は自分が
卑下し、
制裁する対象にしていました。
その一方で、
なんの壁も偏見もなく、
愛を注いでくれる子どもたちが
大好きでした。
だから、
子どもたちのことを
「先生」と呼んでいました。
私が産んだ娘たちも、
仲間の子どもたちも、
みんな、
私の少し先を歩いていて、
何も言わずに
進むべき方向を指差してくれました。
私のインナーチャイルドが
本当に望んでいたものを
静かに照らし出してくれました。
自信の持てなかった私の愛に、
「全部ママのおかげ。」
そう言って、
「感謝すること」を
教えてくれたのです。
私は、
子どもたちの無償の愛によって
育て直していただきました。
子どもたちを連れて
野山へ出かける仕事をしていた頃も、
私は
「先生」と呼ばせませんでした。
保護者の皆さまにも、
ニックネームで呼んでいただくよう
お願いしていました。
「敬う心が育たないのでは?」
そう言われたこともあります。
でも、
先生と呼び、
敬語を使いながら、
裏では舌を出すことだって
できるのです。
私が大切にしたかったのは、
肩書きではなく、
感謝。
敬意。
そして、
恩送り。
それらは、
言葉よりも
行動で示すものだと
思っていました。
だからこそ、
表面的な表現には
惑わされたくありませんでした。
そんな姉倉が、
ある日、
「我以外皆我師」
という言葉を、
頭ではなく、
体得する日が来ました。
そして今は、
子どもだけではなく、
年上も、
年下も、
好きな人も、
苦手な人も、
すべての人を、
心から
「先生」と呼ばせていただいています。
どうして、
そうなれたのか。
わかりますか?
頭で考えても、
きっと答えは出ません。
同じ場所まで歩いてきた人だけが、
「ああ、そういうことか。」
と腑に落ちる世界なのだと思います。
もちろん、
昔の姉倉にも
わかりませんでした。
だから、
わからなくて当然なのです。
今日はここまで。
続きは、
また後日。
姉倉花姫
ほしよみ堂小田原店にて


